先日、ある新年会に参加させていただきました。
その集まりで雪のことについて考えることがありました。

雪と聞いて思い浮かんだのは、年末にピーテル・ブリューゲル(父)
の本を読んでいたこともあり、「雪中の東方三博士の礼拝」など
の雪の絵でした。

「雪中の東方三博士の礼拝」は、聖書の主題を冬のネーデル
ランドの農村のなかに描き出している作品で、画面全体に雪が
舞っているのですが、その雪が不揃いな大きさをしているのです。
大きなものだと直径7〜8cmぐらいはあるでしょうか。。

ぼくはブリューゲルについての知識が乏しいのでその意図を
理解しているわけではないのですが、不揃いな雪を興味深く
おもっていました。

名古屋はまだ雪が積もっていませんが、参加された方々の雪の
話を聞かせていただいたので、今年はいつもより雪の見方を
楽しめるかなと思います。楽しい時間を過ごすことができて
よかったです。ありがとうございました。

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2017年1月8日 | コメント/トラックバック(0)|

カテゴリー:生活

造形

自分のなかにある場所を見るとき、新たな見方ができないか、
立ち位置を変えて見たときの造形をそれぞれもつことができない
ものか、常に考えるようにしています。

ことばで伝えることが難しい場所などは、2つ以上の造形を
もつことができると自分自身の立ち位置も明確になり、
視界にあるものをより把握できることで、その景色も見晴らし
がよくなり、ことばのつながりもよくなってくるでしょうか。

簡単にできることではないですが、もし二元論では生まれて
こない造形をもつことができれば、アイポイントである形体と
しての点から点に移動する自分自身を観察でき、その動きも
体感できるのではないかと考えています。

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