見る

「見えるようにする」という行為はたいへんむずかしく、
ぼくにはまだまだできていないと強く感じています。

うまく説明できないのですが、内面を見つめたとき、平面上
では一つのフレームのなかにあるように見えるものでも、
実際は奥行きのあるもので、それぞれの間には距離があったり
するでしょうか。

音楽にも奥行きがあるように、距離感をまだ自分自身が
視覚的にしっかりと把握できていないように感じています。

ぼく自身がそれぞれの距離感をもっと感じることができれば、
見えている景色も今より鮮明になり、ことばでつながる
ことも増え、伝達できることも増えてくると考えています。

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かくこと

ぼく自身が「かくこと」について考えると、すぐに思い浮かぶのは
5歳の頃から習っていた書道と、当時の父親の趣味に興味をもって
描き始めたレタリングです。レタリングは10歳頃から好きになりました。

当時を振り返ると、ただ純粋に文字のかたちに興味があったのだと
思います。かたちが変化すれば意味も変化していくことを感じて、
ことばの意味と自分がつくった文字のかたちの意味のズレのような
ものを楽しんでいたように思います。

大人になりことばのかたちを考えていく過程で、本当に心から楽しい
と感じられるのは、つながりを感じられた瞬間のわずかな時間だけ
だと思いますが、自分が美しいかたちを創り出していくためには、
ことばを純粋に楽しんでいたあの頃の感覚は大切なように感じています。

 

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オリジナルTシャツ

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こちらはオリジナルTシャツを額に入れて撮影しました。
Tシャツはシルクスクリーンで印刷しています。

詩人ランボーの「母音」を表しています。
小文字は母音、大文字はその色です。

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知育玩具

バルトリハリの「古典インドの言語哲学」に書かれていること
なのですが、この世において、言葉それ自体として、永遠なものと、
創り出されたものとのふたつがあるそうです。

「永遠なものとしての言葉は一切の言語的・身体的表現活動の
母胎であり、すべての分節的順序をその内に取り込んだものであり、
一切のこの世界に現象したものの発信源である。」と書かれています。

創り出したものとしての言葉は、日常的な言語表現活動に
かかわるものであり、根源的な言葉それ自体であるプルジャの、
影像を受け入れるものであるそうです。

ぼくが少し考えている音とかたちの知育玩具のイメージとしては
前者になります。この知育玩具は「直感」を鍛えることができる
のではないかと思っています。

いつかことばというものを新たな見方で学べる知育玩具を創りたい!

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余白

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こちらは名刺サイズのカード用に作成しました。

ことばを話すときは、景色を想い浮かべたり、いろいろなイメージを
重ね合わせながらことばをつないでいきますが、音に変換するあいだに
ことば(文字)の配置をイメージできたらいいなと思うことがあります。

秩序もあって自分にとって心地よい余白を感じることができたら、
話しことばも音楽のように感じることができるのでしょうか。

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2015年9月23日 | コメント/トラックバック(0)|

カテゴリー:店舗看板

ことばとデザイン

ぼくは長い間、ことばのことを考えてきました。
自身の深い場所にあることばをしっかり見つめて、さわってきたつもりです。

その場所には断片が収集され、分類されないまま放置されているものや、
自身の中で解体されたものが集まっている場所でもありますが、
そこには大きな可能性が詰まっているのです。

けれども、ぼくがさわってきたその感覚をことばだけで伝えることが
困難に感じています。ことばをつないで表現できたとしても、
その感覚は一部の人たちにしか伝わらないようにも思います。

ぼくがその場所で感じたことやさわった感覚を一番伝えたいのは、
これからことばを覚えていく子供たちでしょうか。

空間や場所をかたちにするのは大変なことですが、その表現は美しい
ものでなければなりません。美しいかたちを創るためにも、
ことばだけでなくデザインとも真摯に向き合っていきたいと思っています。

 

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