量のモデルと質のモデル

カタストロフィー理論は「質のモデル」であるといわれています。

「量のモデル」と「質のモデル」とは一体何か、ぼく自身もまだ
よく理解できていませんが、自分自身を掘り下げて見ていく時の
ものの見方がこのモデルを区別できていないように感じています。

ぼく自身、この区別ができるようになれば、無意識な知的感性と
いうことももっと明確に感じることができるようになるのでは
ないかと考えています。

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収集

ぼく自身まだまだ語彙が足らないと感じているのですが、
自分がもっているイメージをかたちにするために、引用文を
収集することはとても大切だと考えています。これはスーザン・
ソンタグの「写真論」を読んだ時に感じたことでした。

この収集した引用文によって、自分にとって目に見えない場所に
あってぼやけていたものに輪郭が見えてきます。

それらを美しいかたちにするためには、それぞれのかたちを
つなげることが必要がなり、つながったものには安心感を
感じられることが重要になります。

けれども、目に見えない場所から引用文によってかたちに
なったものは、直接にはつながりにくいようにぼくは感じていて、
それぞれのかたちをつなぐためにはあいだが必要になってきます。

 

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